リゾカジ カジノレポート

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*マカオ

15年ぶりのマカオに溺れる

Written by パラダイスⅨ

投稿日:2012/12/06

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*

Casiono Report

溶ける・・・ものの見事にバイインの14000が溶ける。
およそ20カ月ぶりのバカラに気分は高揚しドーパミンの垂れ流しを自覚する。
暴走モードだ。覚醒モードではない。
悲しいかな、自分本来の張り腰や勝ちパターンを思い出す間もなく溶ける。
「ヤべ~、あと手持ち××万のキャッシュと、銀行に置いてある秋の旅行費用だけだぞ~
でも・・・逃げちゃ駄目だ・・・逃げちゃ駄目だ」現とも幻ともつかぬやり取りが脳内で繰り広げられる。
シンクロ率10%。

バカラに限らずおおよそ「博打」を打つ以上、誰しもが幾度も通る「道」なのだろう。
張る抜ける、逆を打つ抜ける・・・やっとの思いでナチュラルを引き絞った瞬間、無情にも響く「タイ」の
コール。そして置き張り・・・また抜ける。
負のスパイラル。視野狭窄と背筋を伝う一筋の冷たいもの。
体から一瞬、魂が抜け出たような感覚すら覚える。
何故かは判らないが、顔には薄すらと笑さえ浮かんでいる。

テーブルに座った瞬間のスッと伸びた背筋もいつの間にか顔がテーブルに接地するが如き位置まで下がって
いる。
縦絞りで「足」の有無を覗き込む際、呪文を唱える様につぶやく・・あし・・あしっ・・あっしぃー!!
少し浮きあがったカードの正面には無情にもフレームがのぞく。

なぜ、このカジノはカードのフェイスを見せてカード確認をさせてからシャッフルをしないのだろう?
なぜシューボックスにはあんなに様々なコードがいっぱいついているんだろう?
なぜ、このシューボックスのカードの抜きだし口には「小さなカーテン」が必要なんだろう。
勝てない自分の言い訳を違うところに見出そうとする自分がいる。


偉い学者さんの話しによると「自らの死に直面した時、動物は脳からドーパミンをはじめとする様々な脳内
伝達物質を多量に出す」そうだ。
これは死を受け入れやすくするために“一種のエクスタシー”を感じさせるためだとあった。
まぁドーパミンとドーパミン受容体、そして博打の関係は昔から言われてきたことな訳だから当然そう云う
働きもセットなのだろう。
1年半かけて貯めた遊軍資金の一部15万円がサクッというコギミ良い音と共に溶けた。
ドーパミンの海に溺れ果て、エクスタシーの一部を垣間見ることになるのか
はたまた、主役となりドーパミン受容体欠乏症が如き至福の時を得られるのか
どちらにしても、15年ぶりのマカオバカラ戦は塩辛い幕開けとなった。


シュー前半の途中から入ったエリートルームでのゲーム、タイあと一目横目のテンコシャンコ目変わり鉄板。
縦ヅラはスタート時のプレーヤー5目下がり、切れてバンカー5目下がり。
2目がわりのニコニコ連が3度・・・その後タイを挟んで一目横目へ

「カットカードが出るまで、まだ40程度はあるだろう。」
参加者にGame Makerも居ない模様。
それぞれがバイインで手にしたノンネゴを手にしている。
輪ゴムで束ねた人
タワーよろしく、一回り大きなビスケットを数枚重ね、上に1000のビスケットを
積みあげている人・・・キャッシュチップはそれほど多くはない。
同卓者4名
どうやらみんな厚張りの常連の様だ。

ミニマム500からと教えて頂いていたが、500からなぞ張るご仁は見当たらない。
みんなノンネゴのビスケットを重ねてタップイン

ディラーは50代前半のおばちゃん。
どうでもよいが身内同士の私語が多い。さらに大口を開けてあくびを連発する。
とどめは「ゲップ」である。

天下のエリートルームのホスト達の出来の良さに惚れ惚れし、楽しいゲームが打てそうだと思ったのも
束の間、流石にここまでは教育も至らないかと一人合点する。

ビスケット(アルフォートサイズw)を2枚、スモールチップにチェンジしてもらうべく前へ出す。
ややのやり取りがあって、なんとか500チップ二枚と100チップ10枚に変えて頂くことができた。

ん・・・なにかバカラ台に違和感を覚える。
なにか私の知っているバカラ台とは違うのだ。よく見ると漢字と英語でバンカーペアー
プレイヤーペアーと書いてある。
意味を掴みかねていたが、ゲームを止めることにもなりかねないのでしばらく様子を見ることにした。


バカラに限ったことではないが、カジノゲームには人それぞれの「プレイスタイル」があるだろう。
これは「勝つ」ためのスタイルということになるだろうし勝ちパターンというものだろう。
こうなった時は「必ず勝てる」というものだ。
そこには「たぶん勝てる」という曖昧な表現は入り込まないし、その必要もない。

何故ならこの勝ちパターン、勝ちスタイルは他人に標榜する必要もなく、自分自身に対する絶対的な暗示を
かけるために必要であるからに他ならない。

極論すれば、他人様の勝ちパターンなどはどうでもよいのである。
要は自分の勝ちパターンにどうもっていくか。
即ち、Game Makerになること。
私にとってのバカラというゲームはこれにつきる。
したがってウィンウィンなどは頭には無い。
乗りたい奴は乗れば良い、乗れるものなら乗れば良い。
ここのところは大事だ。「乗れるものなら」ということに他ならないのだ。

「どうやら珍しく、私は調子が良い様です。良かったら乗りませんか?」ではない。

もちろん私の場合、乗る、乗らせて頂くという「謙虚」さなどは持ち合わせていない。
概してこういうスタイルだからギャンブルは「一人打ち」が基本となる。
競輪競馬競艇~競のつくものは一切やらない。
私の生涯においては麻雀とカジノだけということになるだろう。

したがって、極力自分でしぼり切る展開が望ましい。
張りがイーブーンの時に同卓者にしぼらせることもある。
しかしこの場合は往々にして作為的な思惑を孕んでいる(根拠の有無は別ですが~)。

すまし顔でついていない人間の逆を張り切るのもこのゲームの忘れてはならない要素。
ここは俺のテーブルだと突っ張り通すのもまた楽しい。
当然、その様な同卓者を見つけるのは「主役」の座に登りつめるためにも必要なのだ。
私は会話無き戦いの場がバカラだと決めつけている。
が・・・「うへェ~」をはじめとする阿鼻叫喚は伴う。
日本語の判らない外国人から見たら「破たん者」と映るかも知れない。
そこには、常に自分に叱咤激励を飛ばしている私がいる。
「いけ!!おとせ!!俺は落とす!!」「俺は切る!!」

バカラというゲーム、このゲームには必ず「主役Game Maker」がいると考えるのは私だけだろうか。
少なくとも私はそう考えている。そしてGame Makerが居り、乗る人間がいてのウィンウィンはありえる
だろう。

しかし、その主役ですら2度も続けてローカードを起こして負けようものなら、いつの間にか称賛の声が
消え、沈黙、そして逆張りをされる羽目になるのもこのゲームだ。
「あの人のしぼりは必ず「ついてる」よね」「必ず抜けてるよね」「引きメッチャつよ!!」

乗り側は主役よりある種敏感だ。期を見て敏なるのが乗り側の必要な要件なのだろう。
「終わったな~」これを見抜く目が要求されるのだ。

つづく・・・つづくのか(爆)

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