行ってきます〜ました
旅打ち夫婦紀行 ネパール篇その1「1ドルから遊べる場末カジノ カトマンズ」
NO. 541 2010/10/18 (Mon) 14:34
Written by TAHARN
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旅打ち夫婦、インドを3週間ほど回り、ネパールに入国しました。インド旅行中は暑季の真っただ中。連日40℃を越す猛暑にバテバテでした。ネパールは涼しく、ほっとします。
首都カトマンズは10年ぶりの訪問。10年前に問題となっていた大気汚染が、さらにひどくなっていました。一日中スモッグがかかり、青空は見えません。市内から見えたヒマラヤの山々も、今では全く見ることはできません。外をちょっと歩いただけで目はチカチカ、喉イガイガ、鼻の穴は真っ黒。現地人の多くはマスクをしています。
大気汚染と並んで悩まされたのが、停電です。一日平均15時間ストップ、宿には停電スケジュールが貼ってあります。宿周辺の土産物店もろうそくの明かりで営業。ネパールはインドに電気を売っていて(インドもよく停電しました)国内分が不足しているのだそうです。観光以外にめぼしい産業のないネパール。頼みの綱の観光も、近年の政情不安で頭打ち。王政から共和制に移行したものの、将来に明るい材料は見えません。
経済不振の中、カジノは貴重な外貨獲得手段。しっかり営業していました。10年前よりも数は増えていて、カトマンズ市内に7軒あります。まず、中心部の ”Casino Anna”に出動しました。ネパールでは老舗のカジノで、高級ホテル”Hotel Annapurna”の敷地内に、3階建てのカジノ棟が立っています。ホテルは高級ですが、カジノは老朽化していて薄暗く、場末感がプーン。24時間営業、カジノ内は英語が問題なく通じます。
客層は中国人5割、インド人3割、ネパール人1割(外国人専用ですがチェックは甘く、結構現地人が入り込んでいました)、欧米人1割といったところ。
1階はマシンゲーム、2階はテーブルゲーム、3階はレストランになっています。2階は狭いフロアにテーブルが詰め込まれ、かなり窮屈な印象。ルーレット2台、バカラ3台、ポーカー3台、BJ4台。”KITTY”、 ”MARRIAGE”というポーカーに似たゲーム(ネパールオリジナルのゲームでしょうか)が2台ずつ。チップはキャッシャーで購入、米ドルチップとインドルピーチップがあります。日本円も交換できますが、レートはかなり悪いです。
BJのテーブルで、一人打ちのインド人を観察。「あれ…BJとちょっと違うな」と思ったら「ポンツーン」でした。イギリス植民地時代の名残りでしょうか、インド人にはポンツーン好きが多いようです。隣のテーブルに座ると、ディーラーが「ポンツーンですか、BJですか」と聞いてきます。慣れないポンツーンはパスして、「BJお願いします」。
MINは何と1ドル、MAX100ドル。世界中探してもミニマムベット1ドルのカジノは他にないでしょう。週末はMINが10ドルに上がるとのことでした。
4デッキ、ハンドシャッフル、NH、SS17、DDは何でもあり、DAS、サレンダーなし、スプリットは何枚でもOK、Aceのリスプリットなしでした。
ネパールのカジノの場末感を演出するのは、ボロボロのカードです。ニューカードを買う余裕もないのか、手垢にまみれたカードを使いまわしています。角が欠けていたり、かすれて数字の判別が困難になっている札まであります。絵札の顔も消えかかっていて、キングかジャックかすら分かりません。
「もっとキレイなカードないの?」と聞くと、
「このカードが使えなくなったらニューカードが入る」。
ネパールスタンダードでは、まだ十分使用に耐えうるということか…
BJでさえこうですから、バカラのカードはすさまじいことになっています。当然ながら、一度使ったカードを捨てるなどということはありません。絞られ続けたカードはヨレヨレ、クタクタ。これじゃ絞りにも気合いが入らないよなー…とバカラプレーヤーに同情したことでした。
肝心のゲームは、開始からディーラーが全く飛ばず、10連敗。しかし何といってもミニマム1ドル、痛みはわずかです。流れが悪い時、打たれモード1ドルでしのげるのは大きい。流れがよくなったころを見計らって、ベットアップ。快勝です。
「今日はこのくらいにしとくか」とキャッシャーへ。戻ってきた100ドル札は、ベンジャミン・フランクリンの顔が小さい。あれ? よく見ると、なんと旧札。20年以上前に見たのが最後、まさかカジノで再会しようとは。「新札でくれよ」というと、「ミスター…今、100ドル札はこれしかありません」。カジノの外貨不足も深刻です。仕方なく、20ドル札で払い戻ししてもらいました。外へ出ると、また停電で街は真っ暗。カトマンズ初日のカジノは最後まで場末でした。