リゾカジ カジノレポート

ラスト・クリスマス(1996)完結編【急】

* マカオ 2021/ 02/ 04 Written by マカオの帝王

コメント( 4)

1993年 夏 ラマ島(南Y島) 海鮮料理店

「それにしても、香港にもこんなのんびりしたところがあるんだなぁ」
セントラルからフェリーで30分、人口約1万人の寂れた漁村? といった風情の屋台に毛の生えたような海鮮料理店で、新鮮な魚介類とビールを注文する。
生暖かい海風が心地良い。

店内には、サザンオールスターズの大ヒット曲「真夏の果実」を香港人歌手の張學友(ジャッキー・チュン・・・映画スターのジャッキー・チェン、とは別人)がカバーした「每天愛你多一些」が流れていた。

「もう、新しい仕事は慣れたかな?」

「はい! 毎日世界中の旅行者に香港を案内し、忙しいけどやり甲斐が有ります。“ローカルグルメの会”で開拓した料理店に案内すると、皆さん大喜びで、まさかあの会の活動が役に立つとは思ってもいませんでした。サニー電子の前河さんからも、2年後に君が戻ってくる席は空けておくよ、との電話も戴きました。それと、今の生活で一番嬉しいのは、マカオの帝王さんに紹介して貰ったシェリーさんです! 私、日本にいた時から、何故か男の子は寄ってくるのに、女の子の友達は殆どいなくて、やっと出来ても、すぐに何故か皆さん、私から離れてしまって、ずっと孤独だったんです。それが、シェリーさんもずっとこの香港で今まで同じ思いをしてきたそうで、年も同じだし、毎日その日に有ったお互いのことを話していると、心が通じるというか、彼女は私にとって生まれて初めて出来た“親友”です!」
竹原典子は心の底から嬉しそうだった。

『それはそうかも知れないな……竹原典子もシェリーも、二人ともタイプは違うが “超美人”だ。それは同性にとっては、自分の彼氏を惑わす “敵” である訳だ。そんな “敵” と友達になっても、良くて引き立て役、下手すりゃ道化者だ。まぁ、何にせよ、二人にとって良き出会いとなったのなら一安心だ』

「それから、この前戴いた、東京・有楽町の “うめ八” っていうお店の紀州完熟南高梅の梅干し! あれ、美味しかったなぁ~~、またお願いしても良いですか? あっ、そうそう、この前、“事件” があったんですよ!」

「事件?」

「えぇ、私が日本の帝王義塾大学経済学部の4回生のゼミ旅行のアテンドをしたんですけど、その中の一人が、どういう訳か私のことをすごく気に入ってしまったらしく、どうしてもプライベートで一緒に食事したい! と熱心に誘うので、断る口実として、『会社の規則で、お客さんと一対一で合うのは禁止されています。但し、業務の延長で、非番の日に半日香港市内観光を二人以上でアテンドするのならOKです。予算は二人で約1万香港$、観光終了後、私の友人を交え2対2なら一緒に食事もOK、但し次の非番は水曜日なので、それまでのホテル延泊と帰路のエアチケットの変更手数料が必要となります。それでも良かったら……』と告げると、ワタシの連れてくる“友達”の写真を見せて欲しい、と言われて、苦し紛れに先日シェリーさんと撮った “プリクラ” のシールを見せたら、“火に油を注ぐ?” ことになってしまって、このプライベート・ツァーの参加希望者が大勢名乗り出てきて、結局くじ引きでシェリーさんのパートナーが一人決まり、“半日香港市内観光” をすることになったのですけど……」

「まったく、ボンボン大学生どもときたら……」

「そこで、夕方から合流したシェリーさんがちょっと悪のりして、DFSで普段なかなか手が出ない高級化粧品なんかを試しに強請ってみると、くじ引きで参加したシェリーさん目当ての学生さんがホイホイと親のカード払いでプレゼントしてくれるので、私もついでに欲しかったアクセサリーや有名ブランドの靴を、ちょっとだけ欲しがる素振りを見せたら、あっさりとプレゼントしてくれたんです」

「それは、重畳でした」

「また難しい言葉を使う……、それは “良かった” ってことですね? それからペニンシュラで最高級のディナーのフルコースを注文して、シャンパンなんかを美味しく戴いた後、案の定と言うか、やっぱりと言うか、二人が自分たちの泊まっているホテルの部屋で飲み直さないか? と誘ってきたんです」

「それで?」

「そこでシェリーさんの出番です。小柄だけど本当は “蟒蛇” なのに、わざと酔っ払った振りをして、ワンピースの上のボタンを一つ外して、『それより、お姐さん達の住むマンションがすぐ近くにあるから、一緒にいかが?』と甘い声で誘うと、二つ返事で付いてきて、一緒にタクシーに乗り込んだんです!」

『だんだん、帝王義塾の大学生達が哀れに思えてきた。飛んで火に入る夏の虫? 鴨が葱を背負ってくる? と言う奴だ……』

「シェリーさんが行く先として “九龍城砦” と告げて走り出したのですけど、タクシーの運転手に『これ以上先には行けない、ここで降りてくれ』と手前で下ろされて、目の前の “九龍城砦” を見た途端、二人ともガタガタ震えだして、『おい! これは前にテレビの特番で見たことのある、東洋の魔窟 “九龍城” とかいう奴だ! 一度足を踏み入れたら、二度と生きては出られないという……、だから俺は言ったんだ! こんな超美人が二人揃って俺たちの誘いに乗る筈無いって! 何かハナシが旨すぎるような気がしたんだ!』と口々に喚く中、“三合会”の門番の全身入れ墨のお兄さんがやってきて、『おや、これは姫さんたち、お帰りなさいませ。ところでこの日本仔(ヤップンチャイ=日本人野郎)はお連れさんで?』と尋ねてきたので、私も調子に乗って『それじゃ、お二人さん、“いつも本物の感動をアナタに!” をモットーとする、熊猫旅遊社がプレゼンスする、本日の半日香港市内観光の最終最後の地、年末には取り壊しが決定している、東洋のカスバ、人外魔境、悪の総本山、“九龍城砦” です。彼は正真正銘、本物の香港マフィアの一員です。宜しければこれからこの中をご案内しますけど?』と言うと、ヤンエグ(死後)を気取った二人のボンボン学生は、まるで蜘蛛の子を散らすみたいに、血相を変えて表通り目指して走り去っていったの!」
竹原典子はその時のことが余程愉快だったのか、お腹を抱えて笑い続けた。

『美人の笑顔を見るのは、良いものだな……』

マイタン(お勘定)を済ませ、帰りのフェリーに乗る。

食事+アルコール+フェリーの揺れ、の相乗効果が襲ってくる。
脳内に先ほど料理店で聞いた「每天愛你多一些」の原曲であるサザンの『真夏の果実』が流れ出す。

笑い疲れたのか、竹原典子も瞼を閉じ、凭れ掛かってくる。

海に沈む夕陽を眺めながら、心地良い眠りに落ちる。



誰かが耳元でワァワァ叫ぶ声が聞こえる。

肩を揺さぶられ、たたき起こされる。
「シンサン!(お客さん!)、起きて下さい。フェリーはもう香港に着きましたよ! 荷物を纏めて降りて下さい!」マカオフェリーの乗務員であった。

フェリーは香港島(上湾)に到着した。

夢だったか……

タクシーでセントラルの宝石店街に行く。

老舗の宝石店に入り、店主を呼ぶ。

「いいか、時間が無いから駆け引き無しでいこう。ここに現金で20万香港$ある。これが予算だ。指のサイズは9号、4Cについては以下の条件を満たすものの中からお奨めを大至急持ってきてくれ。

① Carat(カラット=重さ)・・・・・・2.0以上 これは絶対条件だ。
② Cut(カット=輝き)・・・・・・・・Excellent 以上ならOK
③ Color(カラー=色)・・・・・・・・Colorless 以上ならOK
④ Clarity(クラリティ=透明度)・・・VVS(Very Very Slightly Included)以上ならOK

* 途中省略

買い物は5分弱で終了した。

クリスマス・プレゼント用にラッピングして貰い、タクシーに乗り込み、行く先を告げる。

「シンサン(運転手さん)、港島香格里拉大酒店(アイランド・シャングリラ ホテル)まで」

ホテルに到着する。

ロビーで真っ赤なドレスを着た竹原典子が立ち上がり、笑顔で迎えてくれる。

「あぁー良かった! また去年みたいにマカオのカジノで夢中になって、すっぽかされるんじゃないか? と心配していたところなのです……、ところで、その顔色だと……、今回のマカオ遠征は勝ったのですね♡」

「何とかね……」
(勝敗については正直に答えるが、金額については、勝ったときも負けたときも、驚かせる? 不安にさせる? 信じて貰えない? 為、曖昧にするのが二人の間の“習わし”であった)

「それにしても、今日は珍しく赤い色の服を着て、どういう風の吹き回しかな?」

「どういうって、もともとワタシは赤い色の服が大好きだったんです! だけど、4年前のグルメの会でマカオの帝王さんが、私のお気に入りだった赤いワンピースを見て『おや竹原さん、今日はまた赤いお洋服が良く似合う。まるで日本で大ヒット中のスタジオジブリのアニメ映画 “紅の豚” みたいに……』って言ったでしょう! ちょうどあの頃、ストレス太りでちょっとばかし体重がオーバーしてたこともあり、随分傷ついたんですからね! それでマカオの帝王さんを見返してやろうと、ダイエットに励んだのですよ。やっと納得出来る数字になったので、封印を解いて大好きな赤い色の服を着てみたのです。これが “最後” だし……、似合ってますか?」

『マグロは腐る前が一番旨いというが……、おっと、女性をマグロに例えては失礼だったな。それにしても、今宵の竹原典子は綺麗だ。まるで咲き誇る大輪のバラのようだ。今までこんなに綺麗な彼女を見たことが無い……』

「あぁ、見直したよ。今晩の君は綺麗だ。赤い色がとっても良く似合っている。今までで見た中で一番と言っても良い位だ。」

「良かったぁ♡ じゃあ、メリー・クリスマス!」

ワインで乾杯し、ディナーが始まる。

但し、会話としては、お互いの近況を話す訳だが、余り(というか、全然)弾まない。

食事の合間に、竹原典子がボツボツと話した言葉の断片を繋ぎ合わせて整理すると、以下のようになる。

① 復帰したサニー電子(香港)での営業成績は女性陣の中でTOPだが、同僚達から “オンナを武器”にしてバイヤーから契約を取っている、と陰口を叩かれている。
② それを上司や前河さんが庇ってくれるのは有り難いが、それに対しても女性陣から “日本人幹部を色仕掛けでたらし込んでいる” と噂されている。
③ 3年半前に香港人の元旦那が会社に乗り込んで来たことがあり、浮気した訳でも無いのに、急に捨てられた真面目そうな香港人の旦那さんが可哀想だと噂されている。
④ 転職先の旅行代理店で、中途採用なのにいきなり正社員待遇だったのも何だか怪しい。これもバツイチの支店長に “オンナの武器” を使ったのじゃないか?
⑤ 取り壊し前の“九龍城砦”に半年間住んでいたらしいが、これまたとんでもない。香港人でも近寄らないのに、あんな黒社会の拠点にもコネが有るのか?
⑥ ネーザンロードで、どうみても黒社会の構成員らしき男たちから、姐さん呼ばわりされているのを見た。“三合会” の幹部の第三者(いわゆる愛人)なのではないか?
⑦ いや、“三合会” の幹部の愛人なのは、お仲間の香港人のシェリーとかいうオンナで、本人はライバル会社である初芝の元駐在員で “マカオの帝王” とか呼ばれていたオトコと関係があるらしい。(どちらにしても、とんでもないハナシだ)
⑧ 旅行代理店に勤務中、そのシェリーや “三合会” の三下とグルになって、ウブな日本の大学生相手に “美人局” 紛いのことをしていたようだ。
⑨ 唯一の友人だったシェリーが、今年の春に大金持ちのレストラン・チェーンの二代目ボンボンと結婚し、アメリカに去ってから、ルームシェアを始めた韓国人の同居人の年下の彼氏にも色目を遣ったらしい。

『うーん、これはどれもこれも対応が難しい……、所謂“悪魔の証明”という奴だ。そんな事実は無い! と証明することは、只でさえ困難なのに、どれもこれも“根も葉もない噂”と切り捨てられない……、殆どのバイヤーは中高年男性だ。彼らにとり、サニー電子の担当者は男よりは女、おばさんよりは若いお姉さん。ブスよりは美人が良いに決まっている。 “火の無いところに煙は立たない”と言う訳だ。話題を変えるとするか? しかし、シェリーが今年の旧正明けに、突然初芝を辞めて結婚しアメリカに渡ったことは元スタッフから聞いていたが、詳細については聞いてない。効果的な対応策を提示出来ないのなら、ここは一つ “グチ” の聞き役になってみるか……』

「そのぅ、シェリーが今年の春に、急に結婚して初芝を辞めたのは知ってたけど、お相手のレストラン・チェーンの二代目君のことは、今まで殆ど聞いたことが無かった……、何でなのかなぁ?」

「えぇ! 知らないのですか? 本当にマカオの帝王さんは、人間関係に疎いんですねぇ……、今年の1月に初芝(香港)の唯一の独身駐在員だった神内さんが、キャセイのスチュワーデスと結婚したでしょう?」

「あぁ、確かに……」

「マカオの帝王さんから見て、後輩だった神内さんは、20代後半の独身女性の結婚相手として、どんな感じでしたか?」

「それはまぁ……、確かに顔は京劇の役者みたいで整っているし、体育会系だったからか、身体も引き締まっている。国立大学の外国語学部(中国語科)卒なので、語学もバッチリ。仕事熱心で、営業幹部からの信頼も厚く、将来の幹部候補、それでいて、ギャンブルやナイトクラブと無縁で、接待は食事とゴルフだけ! その上、親の実家は神戸の資産家らしい……、成る程、来年の香港返還を控え、結婚相手としては理想的だな……」

「でしょう! だからシェリーは初芝に入社以来、一生懸命アタックし、時々食事に行ったり、あんなことや、こんなことをして、兎に角、神内さんの結婚相手に選ばれたかった訳です!」

「成る程……」

「でも、神内さんはモテモテで、中でもキャセイのスチュワーデスさんから特に “熱烈歓迎!” 攻勢を受けて敢えなく陥落してしまい、去年のクリスマス・イブの夜に『ご免シェリー、残念だけど僕は君の気持ちに応えることは出来ない。(キャセイの)彼女は妊娠している。僕は男として責任を取り、彼女と結婚するつもりだ。今更だけど、本当は君のことが一番好きだった。彼女とはちょっとした “遊び” のつもりだったのだけど、お腹の子供に罪は無い、無責任な言い方だけど、君が幸せになることを祈っているよ』と告げられたそうです」

「そうだったのか……」

「それで、シェリーは吹っ切れた訳です。神内さんとは結ばれなかったけど、彼の心の中で自分が “一番” だったと言わせたことで、3年半の自分の努力は無駄では無かったと、自分自身に言い聞かせることが出来た訳です」

黙って頷いた。

「一旦決めたら、“九龍城砦” 生まれのオンナの行動は早いのです。シェリーが高校生の時、アルバイト先だった大手レストラン・チェーンの跡取り息子で、シェリーに一目惚れして、この10年間ずっとプロポーズし続けていたという、小太りの“男朋友(単なる男友達)”に次の日、自分から電話して『イロイロ考えたけど、やっぱり貴方が自分のことを一番分かってくれているみたい。クリスマスで急だけど、香港で一番のホテルで、一番の料理のフルコース、そして私に一番のクリスマス・プレゼントを今晩用意出来たら、前に貴方が言っていた、海外展開の第一号店を出すって言うニューヨークに、来年一緒に行ってあげても良いわよ』と告げると、その彼は大喜びして、親に頼み込んで、ありとあらゆるコネを使って、シェリーの要求を叶えたとか……、年末に初芝に辞表を出して、今はニューヨークの郊外にある、プール付きの豪邸で、使用人に囲まれて優雅に暮らしているそうです。今年の夏休みにニューヨークに遊びに行った際、久しぶりに会って一晩中女同士、お喋りした際、今妊娠している、女の子だって嬉しそうに告げられました……」

『九龍城のオンナは逞しいな……』と思いつつ、
「ところで、シェリーがいなくなってから、新しい同居人はどうやって探したの?」

「それは、ほら、私ってあんまり女友達がいないものだから、マンションの管理人さんに相談したら、一生懸命探してくれて(これだから、男って奴は……)22歳の韓国人の留学生の女の子を連れてきてくれたのです。最初は普通に挨拶して、シェリーは殆ど服や家具・電気製品をそのまま置いていったので、それを自由に使って良いって告げたら凄く喜んでくれて、良い感じのルームメイトに成れるかなって思ったのですけど……」

「それが?」

「ある時、彼女がルールを破って韓国人の彼氏を部屋に連れてきて、まぁ、それは別に構わないのですけど、まったく無視するのも変だと思い、インスタント・コーヒーを入れて、ものの10分ほど、他愛も無い世間話をして、後はずっと個室に入り、そのまま眠ったのですけど、次の日の朝、韓国人の彼女に叩き起こされて、『よくも私の彼氏を誘惑してくれたわね! 昨日はあれから彼が話すのは貴女のことばかり! 『やはり日本人は違う。彼女の歳は幾つだとか、彼氏はいるのかとか、仕事先はどこだとか……』だから正直に、若く見えるけど、もう28歳で、バツイチで、男関係はイロイロ複雑だと伝えたのだけど、それにも関わらず彼ったら、『是非又3人で食事しよう! 香港海洋公園(オーシャン・パーク)でも良いな! 兎に角宜しく!』と頭を下げて頼み込まれて、何で貴女と三人でデートしなきゃ行けないのよ! 折角出来た彼氏なのにぃ、だから日本人は信用出来ないのよ!』とブチ切れられて……、それ以来顔も合わせず、会話も無く、何だか腫れ物に触るみたいで、部屋でも全然寛げなくて……」

言葉が出ない。

「ちょっと前に、その韓国人の男の子が会社まで押しかけてきて、それは守衛のおじさんが追い払ったんだけど、その後ルームメイトの彼女まで会社にやってきて、偶々そこに居合わせた現地採用の韓国人の女の子が、彼女に有ること無いことイロイロ吹き込んで、それでますます関係が悪化して、最近ずっと頭が痛いのです……今から思うと、本当は大変だった筈なのに、貴方とシェリーが側にいた、あの “九龍城砦” に住んでいた3年前が一番楽しかったなぁ……」
竹原典子は溜息を吐いた。

デザートが運ばれてきた。
黙ってそれを食べ終えると、クリスマス・ディナーはお開きとなった。

ウェイターを呼び、埋単(マイタン=お勘定)を告げる。

「えっと、実は今晩、このホテルの高層階の、窓から香港の “100万ドルの夜景” が良く見える部屋を取ってるんだ。まだ時間も早いし、良かったら部屋で飲み直さないか?」

余りに月並みで、バブリーで、どうかなと思ったが、竹原典子は静かに頷いた。

『良し! 第一関門突破だ。カバンの中には20万$のダイヤモンドの指輪も有る。準備万端だ。ところでさっきから、空きっ腹に食事+アルコール+徹夜明けで、時々睡魔が襲ってくるが、今のところは何とか撃退出来ている。後少しもてばそれで良い……』

エレベーターで高層階に登り、今夜の為に予約した,ホテルの5百室以上の全客室の中で僅か14室しかない、ハーバー・ヴューのスイートルームに入る。

ルームサービスで、竹原典子のドレスと同じ色の赤ワインを注文する。

竹原典子の今宵のドレスと同じ、深紅の高級ワインが到着。
遂に機は熟した。

所謂、“世界三大夜景”の一つ、香港の夜景が最も綺麗に見えるという、香港島の山側からビクトリア湾を挟み、九龍側を一望することが出来る絶好のシチュエーションにある、アイランド・シャングリラホテルのハーバービュー・スイートルームの、それまでカーテンで隠されていた絶景の出番がやってきた。

カーテン・オープンのスィッチを押す。

シワシワシワシワ……

ゆっくりとカーテンが左右に開き、眼下に “100万ドルの夜景” が姿を現す!

「綺麗……」と彼女が呟いた。

時計を見ると午後11時55分であった。
深紅のドレスを身に纏った竹原典子は、今まで見た中で一番綺麗だった。

この時、何故か “空白の5分間” が訪れる。

『いい感じだ。激動の一日だったが、それも後5分で終わる。時計の針が12時を回った瞬間に、特大のクリスマス・プレゼントと共に、想いを伝えよう……』

その時、彼女の携帯電話の着信音が鳴った。
チラっと画面を見て、竹原典子が電話に出る。

どうやら相手は英語を母国語とする中年男性のようだ。竹原典子が、流暢な英語モードに切り替わり、小声で会話を始める。
「こんな時にご免なさい。海外のバイヤーから緊急の電話みたいで、少し長くなるかも知れません……」

そう言い残し、席を立ち、ドア付近まで移動し、何やら真剣な表情で会話を続ける竹原典子。

『こんなクリスマス・イブの夜に、欧米人が仕事関係で国際電話をかける筈はないだろう? 相手は一体何処の誰だ? エアポート? クリスマス? うーん、部屋が広すぎて距離が有り、良く聞き取れない。どうやら長引きそうだなぁ……、一体何時までハナシを……うっ、駄目だ! 今は駄目だ! 来るなぁ!』

寝不足+飽食+アルコールの最強軍団が大波となり、一気に押し寄せてきた。
脳内の“ブレーカー”が落ちた……(ナルコレプシー襲来!)

薄れゆく意識の中で、漸く電話が終了したのか、こちらに向かい歩き出す、深紅のドレスに身を包んだ竹原典子の姿が微かに見えた。それが、目にした竹原典子の最後の姿だった。



それから、いろいろ有った。(省略)



「ちょっと前なら覚えていたけど……髪の長い女だって? ここには沢山いますからね。悪いなぁ、他をあたって下さいな。アンタ、あの娘の何なのさ?」
* 竹原典子の住んでいたマンションの管理人。

「年末に辞めた筈さ。アタシたちにゃ挨拶無しで。マリーのお客(バイヤー)をとったって、そりゃもう大騒ぎ。仁義を欠いちゃいられやしないよ。アナタ、彼女の何なのですか?」
* サニー電子で同僚だった女性営業社員

「サニー電子が好きだって言ってたけど、外国人(バイヤー)相手じゃ可哀そうだった……、あんまり何にも云わない女性だったけど、有給残したまんまオサラバしました。先輩、結局彼女のこと、どう思ってたんですか?」
* サニー電子(香港)前河駐在員

「たった今まで座っていたよ。ワタシのクルマの助手席に。どうかしてるよノリコったら、今更アナタに手紙を送るなんて……」
* ニューヨーク郊外在住 ミセス・シェリー

* 途中省略



1997年 7月1日(火) 香港返還当日

アメリカから一通のエアメールが届いた。


 ラスト・クリスマス(1996)後日譚 に続く


このReportへのコメント(全 4件)

2021/02/14(Sun) 18:27

くるくる

マカオの帝王さん、

続きを楽しみにしています!

※ 内容は面白かったです!でもハッピーエンドではなさそうな展開?だけに。。。コメントは控えておきます笑(^O^)/


2021/02/15(Mon) 22:59

マカオの帝王

くるくるさん、こんばんは!

20万香港$のダイヤの指輪は、マカオの海に投げ込みました! と言いたいところですが、現実は厳しく、その後暫くは記念(兼保険)の為マカオ遠征に帯同したものの、ある日納得の行かないプレイヤーの面が出て、手持ちの軍資金が溶け、頭に血が上り、リスボアの近くにある「押(質屋)」に駆け込み、指輪は十数万ドルの軍資金に化けたものの、数時間後、結局リスボアの “バカラの海” の底深くに消えてしまいました。

次の【後日譚】でいよいよ最終最後です。


2021/02/16(Tue) 14:55

マリタイム

こんにちは。

一寸前なら憶えちゃいるが
一年前だとチト判らねェなあ
髪の長い女だって
ここにゃ沢山いるからねェ
ワルイなあ 他をあたってくれよ
アンタあの娘の何なのさ!
港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ♪


2021/02/17(Wed) 22:52

マカオの帝王

マリタイムさん、こんばんは!

古い歌を良くご存じで……、余り同じだと “JASRAC” に怒られますので、この辺りが程よいかと。

いよいよ【後日譚】で完結です。


コメントの投稿

投稿するにはログインが必要です。
会員登録がお済でない方は≫コチラ

PASS: