どんなお店にするか?

 少し堅い話になるかもしれませんが、リゾカジはそもそも前身のカジノリゾート研究会の時代から認知されていないカジノの世界や、今でいうIR(統合型リゾート)の情報の交換の場所としてメンバー皆さんが盛り上げ、成り立って来たのだと思います。

やはり店舗においてもなんらかの最新の情報や、また見て触れるような要素を取り入れる必要があるかなと考えてます。

もちろん気軽に来られて、“人と人をつなぐ場所”としてリゾカジの輪が広がればまさにオフラインの役割として重要ではないかと・・・。

くつろげるスペースでおいしいお酒が飲めて、最新の機器が導入できたらなぁなんて考えてます。。

広さで言えば、ゆっくり話が出来る落ち着いたスペースにボックス席がいくつかと、大きなカウンターとゲームテーブルを4,5台おくとして、、

50坪くらいは必要ですよね。それくらいを頭において場所を絞り込んで行きます。

店舗を考えるにあたって

 リゾカジで知り合いになった方の事を考えてみました。

・共通して言えるのはカジノやリゾートへの旅行が好き

その中でも

・良いホテルに泊まるのが好き
・プールやビーチが好き
・おいしいものを食べるのが好き
・おいしいお酒を飲むのが好き
・マッサージが好き
・そんなことよりバカラが好き

私はどれも当てはまってますが、特に最後でしょうか。。
皆様どれかに当てはまってますよね。。(笑)

お店作りにあたっては、やっぱり、ゲームテーブルを置くけど、ゆっくりしゃべれるスペースも必要ではないかと考えてます。
また、お酒が飲めるようにして、ご飯を食べるのを両立させるのは難易度が高いと思いますが、すくなくとも気の利いた、つまみは必要でしょうか。。

こんな店だったら行ってもよいなあ。と思えるお店ってどんなお店でしょうか?

リゾカジとの出会い

直接、店舗とは関係がない話なのですが、、、

前回の初めてのカジノでのシーンを追加いたしますと、ミニバカラで爆勝ちしている時に変なおじさんが、近寄ってきて話しかけてきました。

はっきりは覚えてないですが、その時の会話

 “たくさん賭けてくれていたら、ホテルの部屋を用意しますよ。” 

 “(何なのこの人?・・と思いながら)いえ、ホテルは(当たり前に)取ってます。ので結構です。(ってか何言っているのか、意味わからん)“ と私。

 少し話を聞いていると、たくさんお金をかけるとなんかサービスがある?みたいな話。
 その当時はコンプなる言葉も、システムも知らなかったので何を言っているか?さっぱりでしたが今でいう販促さんだったんだと思います。

 で、空港まで送りますよ。ってことになり、単純に我々はラッキー!と素晴らしい車で送ってもらいました。

年に1,2回韓国に行くことが続き、カジノって他にあるのか?たくさん賭けたらもらえるサービスって何なのか?まったく未知の世界で調べるすでがありません。今でもそうですが、周りにカジノする人がいない。いても話できなさそう。

そんな時に出会ったのが、カジノリゾート研究会(リゾカジ.COMの前身)だったわけです。
しばらく経って、リゾカジ.COMとなり、リゾカジメンバーが年末年始に今は無き、仁川オリンポスカジノに集まることを知り、思い切って参加させて頂くことに。

オフ会的なものに参加するのに、どんな人なのか?相当怖かった思いがありました。(笑)
でも、マスターもキャロさんもキャロママも他に参加されていた方も快く迎え入れて下さり、楽しめました。

 販促を紹介してもらい、コンプなる仕組みを実際に教えて頂きました。
情報って大事だなあ。と人に教えたり、またもっと教えてもらったり。そんな出会いでした。

そもそもなぜカジノを始めたのか?

店舗?って考えたときに、そもそも自分はどうやってリゾカジに出会ったんだろうか?と思い返しました。それはもっと遡れば、カジノとの出会いがあったからこそだったと思いました。

時はさかのぼり、1992年ごろの私は頻繁にAM03:00の閉店まで今でいうアミューズメントカジノで遊んでました。
当時勤務先の近くにあったお店は、もともとビリヤード台がおいてあるプールバーにルーレットとBJテーブルが置いてありました。
仕事の先輩と一緒に仕事終わりによく通ったものでした。

ビリーヤードを1時間くらいしては、そのあとテーブルゲームで遊び、100倍になることもあったので、これは、本場に行ったら勝てるわ。と単純な発想を持ってました。(笑)

そして1994年に初めて韓国はウォーカーヒルにカジノデビュー。
BJとルーレットにかけては練習のおかげで臆することなくプレーでき、緊張したのは入った時だけでした。
1泊2日でずっと遊んでましたが、今プレーの思い出としてあるのは、バカラだけです。笑
もちろん当時は₩10,000MINのテーブルで、オープンバカラでしたが一気にバイインの15倍くらいになりました。(もちろん天井です)
 ※結果はちょい勝ちで終わりました。

これで、カジノの魅力に(魔力?)引きずり込まれたわけです。

お店を考えるにあたってサロン的にメンバーの皆様が集まれる要素が必要だけど、一緒に来られる方に教えて上げたり、興味を持ち始めている方の事を考えていたらゲームテーブルもおけるのがよいのかなあ。と考えております。

会うと盛り上がってすぐ海外に行くリゾカジメンバー

 たまに、思い出したように国内でもリゾカジのメンバーの方と飲む事があります。

忙しい、忙しいと仕事に励んでおられる皆さんですが、軽くいっぱいやりましょう!と言っては集まります。
何年も会ってない方がいても5分も経てば、頻繁に連絡している仲のように海外とカジノの話して盛り上がるので不思議なものです。

いついつどこそこに行きましょか?
と、その場でエアを発券してすぐに海外に行っちゃったりします。素晴らしい決断力というかノリです。

そんな方たちは仕事では全く繋がってない利害の無い関係で、遊びに行っても楽しい。。
また、週末にはたいがい誰かがどこかのカジノにいて、声を掛けたら食事くらいは一緒に行って下さったりするので、一人旅でも行ける範囲が広がりました。

ハンドルネームしか知らない仲の方のホテルの部屋に泊めてもらったり..
今はさすがにもうしませんけど。(笑)
それだけ信用できて、同じ趣味を持つ人と出会えたことは素晴らしい事だと思ってます。

お店づくりですが、
メンバーの皆様が、お店の近くにいるのでリゾカジのサロンに行こうか?と言って集まりわいわいと出来たり、一人でぶらっとくれば、誰かいる。そんな場所になるようなお店が良いなあ。と考えてます。

 今後、このブログで経緯を報告していきます、こんな店があったら。。の様なご意見があれば頂戴できればと思います。

また、お店づくりに直接関係ない話も出てくると思いますが、読み飛ばして頂ければ幸いです。

なぜ店舗?

昨年末、ほぼ毎日見に来ていたリゾカジSNSが閉鎖し折角の情報交換の場がなくなりました。オンラインではありながらも相手の分かる情報交換の場所としてはとても重宝してました。
たくさんの知り合いも増えましたし。。

非常に残念に思っていたところ、リゾカジマスターとお話しする機会がありました。

マスター曰く、Facebookをはじめとする多様なSNSが普及、現状のSNSシステムは老朽化してソフトのサポート・更新も行われなくなったこともあり、残念ながら閉じる決断をした。とのことでした。

FacebookやTwitterともやっていない私だからそう思ったのかもしれませんが、IRというワードが世の中に浸透してきた時期でもあり、色々オープンに情報が取れるようにはなった。でもそういった時代だからこそ、オフラインならではの情報交換の場所があった方がよいのではないか?と提案をさせて頂きました。

そうしたら、

“マークさん、リゾカジのサロン的な店舗をつくったらどう?”と言われ、

“じゃあ、そうしましょう!!”

と、店舗計画をスタートした訳であります。

え?こんな事ってそんな感じで始まるものなん??(笑)

・・・

さて、どこにどんなお店を作りましょうか? 言ったものの悩む・・

自己紹介

初めてのカジノは1994年ウォーカーヒル、リゾカジとの出会いは、2000年リゾカジ前身のカジノリゾート研究会のサイトを発見した事からでした。
2002年に初めて今は無き仁川オリンポスカジノにてリゾカジマスター、キャロさん達に出会ったところから始まりそれからちょこちょこカジノへ行くようになりました。

当時はカジノの情報があまりない中、非常に有益な情報を頂きながら、オフ会への参加、掲示板への投稿など関わらせて頂いておりました。

いちサラリーマンがこれまで24年間もカジとリゾを両立させながら年に何度かの旅行に行き続けられたのもこのリゾカジのおかげだと大変感謝をしております。

 リゾカジの方たちには、“マーク、何あらためて自己紹介なんかしてんの?”と言われる方もいることでしょう(笑)

それは、後々書いていきます。

皆様、初めてのブログです。あたたかい目で見守って頂けたらと思いますので、よろしくお願いします!!